PTSDの私とアスペルガー症候群の彼

PTSDの私とアスペの彼のお話

私のPTSDという病気①

【スポンサーリンク】

私が初めてPTSDと診断され入院したのは、小学2年生。

その頃は、少し違う病名だったような気がします・ω・

なんだったっけ・ω・

 

今日は私の最初のトラウマをありのまま書こうと思います。

 

殺人事件の現場に居合わせた私は、寸前のとこで助かりました。

今でも怖くて隠れた押し入れの匂いをリアルに覚えてる。

・・・と言ってもそれ以外の記憶は曖昧で、思い出せない事もあるのです。

唯一しっかり脳裏に焼き付いてるのは、押入れの匂いと真っ黒な血と普段とても優しい祖父の狂気の顔。

 

不倫の末の別れ話のもつれだったと、大人になってから知った。

当時は祖父に連れられて不倫相手のおばさんの家に遊びに行ってた。

いつもお菓子とジュースを出してくれて、息子さんの部屋でテレビゲームさせてくれる大好きなおばさんだったのを覚えてます。

おばさんの叫び声で、恐る恐る居間に行くと血まみれでぐったりしているおばさんの股間に何度も何度も包丁を突き立てる祖父の姿があった。

子供心に『気付かれたら殺される』と思い、声も出さず足音を殺して和室の押入れに隠れた。

しばらくすると私を探す祖父の怒鳴り声が聞こえてきた。

激しい震えが止まらず、それが横に置いてあったストーブに伝わってカタカタ音を立てた。

もうダメだと思ったとき、息子さんが帰宅したらしく叫び声が聞こえたけれど、あまりの惨状に叫びながら飛び出して行ったようだった。

私は助けてもらおうと押入れを飛び出し玄関に向かったところで祖父に見つかった。

祖父は私の首を締めた。

でもすぐにやめて居間に戻り、おばさんから包丁を抜いてそのまま自分のお腹に刺した。

 

その後の事は記憶にないけれど、警察が来た時、私は血まみれで祖父の横に座ってたらしいです。

そして、そのまま入院したそうです。

退院してからも、意味もわからないままカウンセリングを1年近く続けたそうです。

カウンセリングの効果なのか、本能的なものなのかわからないけれど、私はこの事件を17歳になるまで、すっかり記憶から消してしまい、家族も親戚も事件の事を口にする事はありませんでした。

 

思い出してからは、両親や親戚、近所の人、友達の親、そして親から聞いたであろう友達、みんな私の身に起こった事を知った上で、私のためを思い、何も覚えていない私に合わせてくれてたんだと思うと、胸が苦しくなりました。

感謝の気持ちもなくはないけれど、そういう目で見られてた事が辛く思えた。

 

その事件があったからか、私はとても怖がりになりました。怖い夢を見る事が多く、寝るのを怖がってよく泣いてました。

暗い場所、狭い所、血、心霊系は今でも本気で怖いです。

そして、首に何かを巻きつける事への抵抗感はすごく、襟がついたシャツはとても違和感があります。真冬でもハイネックやマフラーは苦手で、ネックレスさえ苦手です。

なんだか息苦しくなってしまうんですよね。

まぁ、あの事件が原因かはわからないけれど・ω・

 

この話をこんなに詳細に語ったのは初めてかもしれない(´・ω・`)

これから先ブログに書くPTSDの話も、誰かに詳しく話した事はないのです。

まぁ、敢えて話す必要もなければ、変な目で見られるのは嫌だし。

ブログだから書けるのかもしれないね・ω・

 

今日は、私事なお話でした(´ω`)

おやすみなさい。